先日、製造業を営む社長からこんな相談を受けました。「去年、税理士に言われた通りに節税したのに、銀行に融資を断られた。何かおかしくないですか?」と。
話を聞いてみると、原因はすぐわかりました。減価償却を「やりすぎた」のです。
1億円のビルで法人税をゼロにした、その代償
その社長は、法人名義で1億円の中古ビルを購入しました。中古物件は耐用年数を短縮できるため、条件次第では4年で全額を経費にすることができます。つまり、年間2,500万円を減価償却費として計上できる計算です。
これ自体は合法的な節税手法であり、税務上はまったく問題ありません。実際、その年の法人税はほぼゼロになりました。税理士としては「うまくいった」と見える事例です。
ところが翌年、銀行の融資担当者からこう言われたそうです。「決算書を拝見しましたが、赤字ですので今回は難しいです」と。
銀行は「税務上の利益」ではなく「決算書の数字」を見ている
ここに、多くの社長が陥る落とし穴があります。
減価償却費は、実際にキャッシュが出ていくわけではありません。帳簿上に計上される「非資金損失」です。つまり、会社のお金は手元に残っているのに、決算書の損益計算書には大きな赤字が出てしまう。
銀行の融資審査で最初に見られるのは、この決算書です。担当者は「この会社は利益が出ているか」「返済能力があるか」を数字で判断します。節税の意図や、キャッシュが潤沢であることを口頭で説明しても、書面上が赤字である以上、審査を通すのは難しいのが現実です。
節税に成功した年が、信用を失った年でもあった。これが、その社長の置かれた状況でした。
「償却額を利益の範囲内に抑える」というシンプルな原則
では、どうすればよかったのか。答えはシンプルです。減価償却の計上額を、利益が残る範囲に調整することです。
法人の減価償却には「任意償却」という概念があり、税法上の限度額まで計上する義務はありません。たとえば、その年の営業利益が1,000万円だったとすれば、減価償却を800万円程度に抑えて200万円の黒字を残す、という選択ができます。
2,500万円計上できるからといって、全額使いきる必要はないのです。
節税と融資余力は、どちらかを取ればどちらかが犠牲になる、トレードオフの関係にあります。特に設備投資や不動産取得を計画している会社、あるいは数年以内に借り換えや追加融資を予定している会社は、このバランスを意識しないと手痛い目に遭います。
減価償却を「武器」にするために知っておくこと
中古不動産の短縮償却は、使い方次第で非常に強力な節税ツールです。ただし、以下の点を常に頭に入れておく必要があります。
- 償却が終わった後は経費がなくなるため、数年後に利益が急増する「償却終了後の税負担」を想定しておく
- 銀行との関係性や、直近の融資計画を踏まえた上で計上額を決める
- 決算期前に顧問税理士と「今年いくら償却するか」を必ず相談する
これらはどれも、後手に回ると取り返しがつかない話です。特に不動産を活用した節税は、税務と財務の両面に精通した税理士のアドバイスが欠かせません。
節税は「今年だけ」で考えない
冒頭の社長は、その後、償却額を調整して2期分の黒字決算を作り直し、ようやく銀行との関係を修復できました。ただ、その間に逃した投資機会や、余分にかかった時間と労力は戻ってきません。
節税は、単年の税額を下げることが目的ではありません。会社を長く、健全に続けるための「手段」のひとつです。減価償却を活用する際は、今期の節税効果だけでなく、3年後・5年後の資金調達計画まで視野に入れて設計してください。
まだ減価償却の計上額を「なんとなく」決めているなら、今期の決算前に税理士と一度しっかり話し合っておくことを強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。