先日、年商2億円超の製造業を経営するA社長から、こんな相談を受けました。
「税理士に言われたまま、役員報酬は低めに設定してきたんですよ。法人にお金を残した方が節税になると聞いていたので」
話を聞いてみると、毎期1,500〜2,000万円の法人利益が出ているにもかかわらず、役員報酬は600万円に抑えていました。試算してみると、最適な報酬額に変えるだけで、年間400万円以上の節税余地があることがわかりました。
A社長は青ざめていました。「10年間ずっとこれで来てしまった…」
「法人にお金を残す=節税」という考え方は、半分正しくて半分間違っています。
法人に利益が残ると、法人税が課税されます。年間800万円を超える利益には、実効税率でおよそ34%の税金がかかります。1,000万円の利益なら340万円が税金として消えていく計算です。これは決して小さな数字ではありません。
一方、役員報酬として受け取れば、給与所得控除が使えます。給与所得者が自動的に受けられる経費のようなもので、年収に応じて最大195万円の控除が認められています。うまく活用すれば、法人税と所得税・住民税の「合計額」を大きく下げられる余地があるのです。
利益2,000万円の会社で、400万円の差が生まれるしくみ
具体的な数字で見てみましょう。売上から経費を差し引いた後の利益が2,000万円ある会社を例に取ります。
役員報酬を600万円に抑えると、法人に1,400万円の利益が残ります。この1,400万円に法人税が課税されるため、税負担はかなり重くなります。個人側の所得税・住民税は比較的低いままですが、法人税の負担が重すぎて、全体の税コストが膨らみます。
同じ会社で役員報酬を1,200万円に設定すると、法人利益は800万円まで圧縮されます。個人の所得は増えますが、給与所得控除の効果でその税負担の増え方は抑えられます。そして法人側の税負担は大幅に減る。結果として、法人と個人を合わせた税負担の合計が、600万円のケースと比べて年間400万円以上低くなることがあるのです。
ただし、これは「役員報酬は高ければ高いほど良い」という話ではありません。最適な金額は、法人の利益水準、個人の他の所得、家族構成、社会保険料の水準など、複数の要素によって変わります。シミュレーションなしに「感覚」で決めてしまうのが、一番もったいない選択です。
変更タイミングを間違えると、節税どころか逆効果になる
ここが最も見落とされがちなポイントです。
役員報酬を損金として算入するには、「定期同額給与」のルールを守る必要があります。そしてこの改定には、原則として事業年度開始から3ヶ月以内というタイムリミットがあります。
3月決算の会社なら、4月・5月・6月中が改定の窓口です。7月に入ってから「やっぱり増額したい」と思っても、増額分は損金に算入できません。法人の利益はそのままなのに、役員報酬の増額分には所得税・住民税がかかる。二重取りされる最悪のパターンです。
「業績が急変した場合の臨時改定」という例外規定も存在しますが、適用できるケースは限られており、税務調査で否認されるリスクもあります。「いざとなれば使える抜け道がある」程度に思っておき、安易に頼るのは危険です。
設計は「決算前」ではなく「期首」にする
多くの社長が役員報酬を「決算前に慌てて考えるもの」と思っています。しかし実際には、決算が終わった直後・新事業年度が始まった瞬間がベストタイミングです。
前期の着地と今期の業績見通しを踏まえ、法人税・所得税・社会保険料をすべて含めてシミュレーションした上で最適額を決める。この設計を毎年きちんとやり切るかどうかで、10年間の累計納税額は数千万円単位で変わることもあります。
今の役員報酬を「なんとなく」や「言われたまま」で決めているなら、今期の事業年度が始まった直後に、一度だけ税理士と数字を並べて見比べてみてください。試算するだけなら費用は一切かかりません。その30分が、数百万円の差を生むかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。