先日、不動産賃貸業を営む社長から、こんな相談がありました。「そろそろ役員報酬を上げようと思うんですが、どのくらいにすればいいですか?」と。

いまは月50万円。「じゃあ80万くらいにすれば?」と軽く考えていたようなのですが、実際に計算してみると、少し話が変わってきます。

月80万に上げると、手残りはいくら増えるか

月50万から月80万に上げると、年間の報酬増加は360万円です。「じゃあ手取りも360万増えるな」と思いたいところですが、そうはいきません。

増加分360万円のうち、所得税・住民税・社会保険料を合計すると、おおよそ130万円前後が消えていきます。実質的な手取りの増加は、約230万円にとどまります。

比率で言えば、増やした分の約36%が税と保険料に持っていかれる計算です。稼いだ額の3分の1以上が消える感覚、なんだか腑に落ちないと思いませんか?

「法人に残す」という発想が手残りを変える

では、報酬を上げずに、利益を法人の中に残しておくとどうなるでしょうか。

法人の内部留保にも法人税はかかりますが、中小企業の実効税率は概ね23〜25%程度です。個人で所得税・住民税・社会保険料を合算した場合の実質負担率より、多くのケースで低く抑えられます。

ポイントは、「法人に残したお金をどう個人に戻すか」です。ここで登場するのが、役員社宅と役員退職金という二つの手段です。

役員社宅で「見えないコスト」を法人に移す

役員社宅とは、法人が物件を契約・保有し、社長個人に貸し出す仕組みです。適切に設計すれば、家賃の大部分を法人の経費として落としつつ、社長は低い自己負担で住居を確保できます。

たとえば月20万円の家賃の物件に住む場合、法人が契約して、計算式で算定した社内負担額(数万円程度)だけを社長が支払う形にすると、差額の十数万円が法人の経費になります。これが毎月続けば、年間100万円以上の節税効果になることもあります。

報酬を上げなくても「実質的な生活コストが下がる」わけですから、手残りとしては十分な効果があります。

役員退職金という「出口」を設計する

もう一つの強力な手段が、役員退職金です。

現役時代に法人に積み上げた利益を、退職時に一括で受け取る仕組みです。退職金には「退職所得控除」という強力な非課税枠が適用され、長く勤めるほど有利になります。勤続20年超なら800万円を超える控除が使えます。

さらに退職所得は2分の1課税という優遇があるため、毎月の給与として受け取るよりもずっと低い税負担で、まとまった金額を手にすることができます。

「役員報酬を少し低めに設定して、浮いた分を法人に積み上げ、退職時にドンとまとめて受け取る」という設計が、長期的に見て手残りで勝るケースは少なくありません。

月50万と月80万、どちらが得かは「構造」で決まる

一概には言えません。最適な報酬額は、いくつかの要因によって大きく変わります。

法人の利益規模が大きいほど、報酬を低く抑えて法人に残す効果が高まります。不動産収入がある場合は社宅との相性もよく、配偶者や子供への給与支払いで所得を分散できるかどうかも重要です。また退職金設計は長期戦なので、在任年数の見込みも計算に入ります。

「単純に報酬を上げれば手残りが増える」という思い込みを一度外して、報酬・社宅・退職金を組み合わせた全体設計で試算してみることが大切です。

来期の報酬を決める前に、一度立ち止まって

役員報酬は、原則として期首から3ヶ月以内に決定し、その後は年度内に変更できません。「やっぱり変えたい」と思っても、すぐには動けないのが現実です。

だからこそ、報酬改定のタイミングが来たら、「上げるか据え置くか」だけでなく、「社宅・退職金と組み合わせた全体設計としてどうするか」を税理士と一緒に検討することを強くおすすめします。手残りを最大化する正解は、報酬額の数字ではなく、設計の巧みさにあります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。