先日、ある製造業の社長からこんな話を聞きました。「法人で不動産も持ってるし、退職金の準備も顧問税理士と進めてる。両方やってるから大丈夫ですよね?」

その一言に、少し引っかかりを感じました。「両方やっている」と「連動して設計している」は、まったく別の話だからです。

別々に設計すると、何が起きるのか

法人での不動産保有は、減価償却費を活用した利益圧縮の定番策です。役員退職金は、退職所得控除という非常に有利な税制を使って手取りを最大化できる手段です。どちらも有効な節税策であることは間違いありません。

ところが、2つを「別々のプロジェクト」として設計してしまうと、最悪のシナリオが生まれます。不動産売却と退職金支給が同じ年度に重なるケースです。

この組み合わせが、2,000万円超の差を生む元凶になることがあります。

課税が集中すると税率が跳ね上がる

日本の所得税は超過累進課税です。所得が増えるほど、高い税率が適用されます。

退職所得は分離課税なので、他の所得と合算されないのは事実です。ただし、問題は「退職金」「不動産売却益」「通常の役員報酬」が同じ年度に重なったとき、それぞれの税負担が累積して一気に重くなることです。

退職所得控除の控除枠は、いくら大きくても1年に1回しか使えません。勤続30年で1,500万円超の控除があっても、それを超える退職金には課税されます。さらにその年に不動産売却益まであれば、手残りはがくっと減ります。試算してみると、タイミングをずらすだけで2,000万円超の差が出ることも珍しくないというのが、現実です。

連動設計の核心は「逆算タイムライン」

では、正しい連動設計とはどういうものか。

考え方の基本は、「退職の何年前に不動産を売るか」を先に決め、その逆算で不動産の保有・売却計画を立てることです。

たとえば60歳での退職を想定しているなら、58歳で不動産を売却して売却益を確定させ、60歳で退職金を受け取るというスケジュールが考えられます。2年のズレがあるだけで、課税所得が別々の年度に分散し、累進税率の「てっぺん」を避けやすくなります。

一方、法人での不動産保有期間中は、減価償却費が毎年の利益を圧縮してくれます。節約できた法人税の分が、事実上「退職金の原資」として積み上がっていくイメージです。不動産節税の恩恵を受けながら退職金を準備し、最後に分散して受け取る——この流れが「連動」の正体です。

退職所得控除の仕組みを押さえておく

退職金の節税効果を最大化するには、退職所得控除の計算ロジックを知っておく必要があります。

勤続20年以下の場合は1年あたり40万円(最低80万円)。勤続20年超は800万円+70万円×(勤続年数-20年)です。30年勤続なら、800万円+70万円×10年=1,500万円の控除が使えます。

さらに、退職所得は控除後の金額を2分の1にしてから税率を掛けます。給与や不動産所得と比べて、かなり有利な扱いです。この恵まれた制度を、不動産売却とぶつけて無駄にしてしまうのは、本当にもったいない話です。

「まだ早い」が一番危ない

退職金と不動産の連動設計を後回しにしがちな理由はわかります。「まだ60歳には遠い」「退職金は退職前に考えればいい」——その気持ちは自然です。

ただ、連動設計には時間が必要です。不動産の保有期間、残っている減価償却の年数、役員の勤続年数、将来の売却想定価格——これらを一覧にして逆算しないと、正確なタイムラインは引けません。

50代に差し掛かったタイミング、あるいは法人で不動産を取得した時点で、退職金設計と同時に「連動できているか」を確認しておくのが理想です。

法人で不動産をお持ちなら、一度「退職金との連動」という視点で設計を見直してみてください。今期の利益圧縮だけを追っていると、退職時に大きなしっぺ返しが来ることがあります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。