「節税のために役員報酬を月50万円に抑えていたら、退職金がたった1,000万円にしかならないと言われました……」

先日、埼玉で製造業を営む田中社長(仮名)からこんな相談が届きました。毎月の税負担を軽くしようとした判断が、10年後の退職金を大幅に目減りさせていたのです。耳が痛い話ですが、実は同じ設計をしている社長が少なくありません。

退職金を決める3つの数字

役員退職金は一般的に、次の計算式で算出されます。

最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率 = 退職金

田中社長のケースで当てはめると、月50万円 × 10年 × 2.0(功績倍率)で、退職金の試算は約1,000万円。これを見たとき、「10年経営してその金額か」と愕然としたそうです。

ここで見落としがちなのが「最終報酬月額」という部分です。退職直前にもらっていた月額がそのまま計算の起点になるため、日々の報酬設計がそのまま10年後の退職金に直結します。

報酬を月100万円に設計し直したら

田中社長は節税専門の税理士に相談し、役員報酬を月100万円に設計し直しました。月々の法人税の負担は増えますが、同じ10年間で退職金の試算がどう変わるか見てください。

月100万円 × 10年 × 3.0(功績倍率)= 約3,000万円

差額は実に2,000万円。「節税」のつもりで選んだ月50万円の設計が、退職時に受け取れるお金を2,000万円も削っていたわけです。功績倍率は税務上の目安として2〜3倍が一般的ですが、業績や社長の貢献度を踏まえて設定します。極端に高い倍率は税務調査で問題になる場合があるので、税理士と相談しながら慎重に決めることが大切です。

退職金は「給与より税が圧倒的に軽い」

もう一つ知っておきたいのが、退職所得に対する課税の特殊性です。給与は全額が所得税の対象ですが、退職金はまったく違います。

計算式は「(退職金 − 退職所得控除額)× 1/2」に対して課税されます。たとえば勤続20年超の場合、控除額は「800万円 + 70万円 × (勤続年数 − 20年)」で算出されます。勤続30年なら1,500万円の控除があり、残額をさらに半分にしてから課税されるため、給与として受け取るよりも実質的な手取りが大幅に増えます。

退職金は「長期間かけてコツコツ積み上げ、最後にまとめて受け取る」構造だからこそ、税制も優遇しているのです。これを使わない手はありません。

今期の報酬改定が10年後を決める

田中社長の話に戻りましょう。月50万円を月100万円に変更するだけで、退職金の試算は3倍になりました。ただし、「いつ変えるか」が非常に重要です。

退職直前に慌てて月額を一気に引き上げると、突然の大幅変更として税務調査で指摘を受ける可能性があります。理想は5年以上かけて段階的に報酬を上げ、最終月額を自然な形で積み上げていく設計です。

また、役員報酬は原則として期首から3ヶ月以内に決定し、その後は期中に変更できないルールがあります(定期同額給与)。つまり「今期の報酬をいくらにするか」という判断が、そのまま将来の退職金設計に影響してくるのです。

田中社長は「もっと早く相談していれば」とおっしゃっていました。今の役員報酬が10年後の退職金を決める——この事実に気づいたタイミングが早ければ早いほど、選択肢は広がります。

まだ退職金の試算を出したことがないなら、今期の役員報酬を決める前に、一度税理士に相談してみることをお勧めします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。