先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。
「父が残してくれたアパートを相続したんですが、思っていたより相続税が高くて…。節税になると聞いて買ったはずなのに」
話を聞いてみると、原因はすぐにわかりました。そのアパート、入居率が40%しかなかったんです。
賃貸物件の評価額は「満室かどうか」で大きく変わる
賃貸アパートを相続する際、土地・建物の評価額を下げられる仕組みが税法上に存在します。「貸家建付地」「貸家」の評価減と呼ばれるものです。
シンプルに言うと、他人に貸し出している不動産は「自由に使えない分、価値が低い」とみなされます。そのため、自用地(自分で使っている土地)と比べて評価額が下がる、というロジックです。
そしてこの評価減の計算式に登場するのが「賃貸割合」というキーワード。全体の床面積のうち、実際に賃貸されている部屋の割合のことです。満室なら賃貸割合は100%、空室が多ければその分だけ割合は下がります。
満室と空室では「約1.2億円」の評価差が生まれることも
冒頭の社長のお父様のケースで具体的に見てみましょう。
保有していたのは市場価格3億円のアパート。賃貸割合が100%(満室)であれば、貸家建付地・貸家の評価減を適用することで、評価額をおよそ1.2億円圧縮できた計算になります。相続税の税率にもよりますが、これは数千万円単位の税額差につながります。
ところが実際の入居率は40%。賃貸割合が低いと評価減の効果がその分だけ薄れるため、本来なら大きく下がるはずの評価額が、ほとんど下がらない状態になっていました。
「不動産で節税」という話は耳にしやすいですが、空室が多いアパートを持ったまま相続が発生すると、節税効果はほぼゼロどころかマイナスになることもあります。
なぜ「空室」が税務上こんなに不利なのか
税務の世界では、空室は「使用可能な状態にある部屋」と判断されます。つまり「貸していない=オーナーがいつでも自由に使える部屋」とみなされてしまうんです。
結果として、空室部分は自用地・自用建物に近い評価になります。評価減の恩恵を受けられるのは、あくまで「実際に人が住んでいる部屋」だけです。
ここを誤解している方が非常に多い。「アパートを持っているから節税できている」と思い込んで、空室を放置し続けているケースが実際に散見されます。
相続前に打てる手はある
では、どう対処すればいいのか。現実的な対策としては、次のようなアプローチが考えられます。
まず「客付けの強化」です。相続が視野に入るタイミング(特に健康不安が出てきたとき)に合わせて、管理会社に積極的な入居募集をかけてもらう。賃貸割合を高めることが評価額の圧縮に直結します。
次に「サブリースの活用」です。サブリース契約を結ぶと、空室があっても管理会社が一括借り上げをするため、税務上の賃貸割合の計算に影響が出る場合があります。ただし、サブリースの効果が相続税評価に認められるかどうかは契約内容や状況によって異なります。税務調査で否認されたケースもあるため、「とりあえずサブリースにしておけば大丈夫」という単純な話ではありません。
いずれの対策も、「相続直前に急いでやったら節税になる」とは限らない点に注意が必要です。税務署は形式だけでなく実態を見ます。継続的な経営状態を含めて判断されます。
「不動産=節税」という思い込みが一番危ない
不動産を使った相続対策は確かに有効です。ただしそれは「適切な状態で管理されている不動産」が前提です。
空室が多い、管理が雑、賃料が周辺相場より大きく乖離している。そういった物件では、節税どころか予期せぬ税負担を生むことになります。
田中社長(仮名)のご遺族が後悔していたのは、相続税の金額そのものより「もっと早く相談していれば」という一言でした。対策は早ければ早いほど選択肢が広がります。
アパートを保有している経営者の方は、今一度「賃貸割合」を確認してみてください。そして相続対策として不動産を持つなら、入居率の管理も立派な節税行動のひとつです。決算書や資産状況を見直す機会に、保有不動産の入居状況もあわせてチェックしておくことを強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。