先日、ある製造業の社長から深刻な声で電話がかかってきました。「父が亡くなって相続税の申告が終わったんですが、税額が想定の2倍以上になってしまって……」というんです。

話を聞いてみると、自宅の土地に適用できる特例を知らないまま、期限ギリギリで申告を終えてしまっていた。取り返しのつかない状況でした。相続税の申告でよくある、そして最も痛いミスのひとつです。

評価額1億円の土地が、税務上は2,000万円になる

「小規模宅地等の特例」という制度があります。その中でも、自宅の土地に使える「特定居住用宅地等」という区分が特に強力です。

この特例を使うと、自宅の土地を最大330㎡まで、評価額の80%を圧縮して相続税を計算できます。

たとえば、評価額1億円の土地があるとします。この特例を適用すると、相続税の計算上は2,000万円として扱われます。残り8,000万円分は、まるごと課税対象から外れる。相続税の最高税率は55%ですから、その差は数千万円規模になることもあります。

適用できる面積は最大330㎡(約100坪)。都市部の一般的な戸建て住宅なら、敷地のほぼ全体をカバーできる広さです。東京や大阪の住宅地でも、多くの場合このサイズに収まります。

誰が相続するかで条件が変わる

ただし、誰でも無条件に使えるわけではありません。適用できるのは主に3つのパターンです。

①配偶者が相続する場合は、要件がほぼありません。被相続人の配偶者であれば、そのまま特例を受けられます。最もシンプルなケースで、配偶者が自宅を引き継ぐ場合はまず使えると覚えておいていいでしょう。

②同居していた親族が相続する場合は、申告期限(亡くなってから10ヶ月)まで、その自宅に住み続けて、かつ所有し続けることが条件です。売却はもちろん、引っ越してしまっても要件を満たさなくなります。期限前に「家を早く売りたい」という相続人がいる場合は要注意です。

③別居している子どもが相続する場合は、「家なき子特例」という仕組みが使える可能性があります。相続開始前の3年間、自分の持ち家に住んでいないことが主な要件のひとつ。賃貸暮らしの子どもが実家を相続するようなケースで有効です。2018年の法改正で要件は厳しくなりましたが、今でも使える制度です。

「法人名義にしてある」という落とし穴

節税対策として、自宅を法人(会社)名義にしている経営者の方がいます。社長が個人的に住んでいても、名義が法人であれば、この特例は使えません。

あくまで「個人名義」の自宅が対象です。社宅として法人が所有している物件は、どんな事情があっても特例の対象外になります。

法人名義にしている理由が節税なら、相続対策との兼ね合いを顧問税理士とあらかじめ話し合っておくことが重要です。法人にしたことで節税になる部分と、相続で損をする部分を、トータルで考えないといけません。

最大の落とし穴は「申告しなかった」こと

もうひとつ、深刻な落とし穴があります。

相続税には基礎控除があるため、遺産総額が一定以下なら申告不要になります。ところが、小規模宅地等の特例は、申告をして初めて適用されます。

「特例を使えば税額がゼロになるから、申告しなくていいんでしょ?」

この勘違いをして、結果的に特例を受け損なっているケースが実際にあります。特例で税額がゼロになるとしても、申告は必ず必要です。税務署は自分からは教えてくれません。

相続は「起きてから動く」では手遅れになる

相続税の申告期限は、亡くなってから10ヶ月以内。この期限を過ぎると、延滞税や無申告加算税が発生します。

さらに、特例の要件を満たすかどうかは、亡くなった時点の状況で判断されます。「家なき子特例」の要件などは、相続が起きる前から整えておかなければ、後から手の打ちようがありません。

事前に把握しておけば対策が取れる話が、何も知らないままでいると完全に手遅れになる。それが相続の怖さです。

親がいて、実家がある。そういう社長は今すぐ、顧問税理士に一度確認してみることをおすすめします。「うちの場合、小規模宅地の特例は使えますか?」この一言を聞くだけでいい。答えを知っているかどうかで、数百万〜数千万円規模で結果が変わることがあります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。