先日、ある経営者からこんな連絡が来ました。

「不動産を法人に移したら、相続税の試算が逆に上がっていた。何かを見落としていたのでは……」。

話を聞くと、悪意はどこにもありません。節税目的で法人に不動産を移したという、ごく一般的な判断です。ただ、その「よくある判断」の中に、意外と知られていない落とし穴が潜んでいます。

個人で持てば、評価は「路線価」で済む

不動産を個人で所有している場合、相続税の計算に使われるのは「路線価」です。路線価は実際の市場価格(時価)の70〜80%程度に設定されています。

たとえば時価1億円の土地であれば、相続税の計算上は7,000〜8,000万円として扱われる。何もしなくても最初から2,000〜3,000万円分の評価が下がっているわけです。

これは「評価の構造的な恩恵」と言えます。個人保有の不動産は、制度設計の段階から時価より低く評価されるようになっているのです。

法人に移すと、何が起きるのか

ここからが本題です。

不動産を法人に移すと、その不動産は「会社の資産」になります。すると相続税の計算で問題になるのは「不動産そのもの」ではなく、「その会社の株式」です。オーナー社長が亡くなったとき、相続されるのは株式ですから、その株式の評価額を計算するときに法人が持つ不動産が組み込まれてきます。

非上場の中小企業では、株式の評価方法として「純資産価額方式」が広く使われています。この方式では、会社が持っている資産を時価で評価し、負債を差し引いた純資産をもとに株価を計算します。

ここで見落とされがちなのが、「含み益にも課税が及ぶ」という点です。

たとえば取得価格3,000万円の不動産が、いま6,000万円に値上がりしているとします。個人保有であれば路線価(仮に4,500万円)で評価されますが、法人保有の場合は6,000万円の時価が計算のベースになり、さらに含み益3,000万円に対して法人税相当額(約37%)を加味した上で株価に反映されます。計算式は複雑になりますが、結果として評価額が市場価格の1.3倍近くになるケースも実際に起こります。

「節税のつもり」が逆効果になる理由

個人から法人への不動産移転は、所得税や法人税の観点では確かにメリットがある場面があります。家賃収入を法人で受け取ることで累進税率を抑えたり、経費の幅が広がったりする効果は本物です。

ただし、それが相続税の文脈でもプラスに働くとは限りません。特に資産規模が大きく、法人の純資産が膨らんでいる場合は要注意です。不動産を追加すると株価がそのまま押し上げられ、相続税の課税ベースが拡大してしまいます。

一つの税目で得をしながら、別の税目で損をしている——これが節税の落とし穴の典型パターンです。

正しい設計なら評価額を7割圧縮できる

ただし、法人を使った不動産保有がすべてNGなわけではありません。

法人の株式評価には複数の方式があり、業種・規模・持株比率によっては「類似業種比準方式」が適用できます。上場企業の株価を参考にするこの方式は、純資産価額方式より大幅に低い評価になることが多いです。また、持株会社の活用や種類株式の発行など、設計次第では評価額を60〜70%圧縮することも十分に可能です。

重要なのは「法人に移す前に、相続税への影響を必ず試算すること」です。不動産の移転は一度行うと戻すのも大変で、登録免許税・不動産取得税・消費税と、コストが重なります。「とりあえず法人に」という判断が、相続発生後に取り返しのつかない事態を招くことがあります。

法人化は「ゴール」ではなく「手段」

節税を考えるとき、法人設立や法人への資産移転は有効な手段のひとつです。ただ、手段を目的と混同すると判断が歪みます。

「法人に不動産を持つと節税になる」という話は半分正解で、半分は状況次第です。相続税・所得税・法人税を一体で見たとき、どの組み合わせが最適かを設計できるかどうか——ここに本当の節税の技術があります。

法人への不動産移転を検討しているなら、相続税の試算を含めた全体シミュレーションを、動き出す前に必ず税理士と確認してください。「やってから気づく」ではなく「動く前に確認する」が、資産を守る最短ルートです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。