先日、ある製造業の社長からこんな電話がかかってきました。
「先生、法人に不動産を移そうと思うんですが、手数料が思ったより高くて……」
お話を聞いてみると、8,000万円の物件をすでに個人で購入済みで、「これから法人を作って名義を移す」という計画だったのです。思わず「順番が逆です」と伝えるしかありませんでした。
「法人で不動産を持つと節税になる」は本当
法人で不動産を保有すると、いくつかの節税メリットがあります。
家賃収入を法人の所得として扱えるので、個人の総合課税(最高55%)を避けられます。また、役員報酬や退職金として所得を分散できるため、実質的な税負担を下げやすい構造です。修繕費・減価償却費・借入利息なども法人の経費として計上でき、家族に役員報酬を払って所得分散するという手も使えます。
こうした話を聞いて「よし、法人を作ろう」と動くのはいいのですが、ここで一つ、絶対に守らなければならない「順番」があります。
なぜ順番がそこまで大事なのか?
冒頭の社長の事例に戻りましょう。
8,000万円の物件を個人で購入し、その後に法人を設立して名義を移転しようとすると、何が起きるか。法律上、個人→法人への不動産の移転は「売買」として扱われます。つまり、一度購入した物件をもう一度「買い直す」手続きが必要になるのです。
その際に発生するコストを整理すると、こうなります。
- 登録免許税:固定資産税評価額の2%
- 不動産取得税:固定資産税評価額の3〜4%
- 仲介手数料:売買価格の3%+6万円(×消費税)
- 司法書士報酬:数十万円規模
8,000万円の物件の場合、これらを合算すると500万円を超えることは珍しくありません。社長が「思ったより高い」と感じたのは当然で、むしろ軽く見積もっていたくらいです。
正しい順番は「3ステップ」だけ
では、正しい手順は何か。シンプルです。
① まず法人を設立する
物件購入より前に、不動産を保有する法人を作ります。法人設立自体のコストは、合同会社なら登録免許税6万円程度、株式会社でも15万円程度で済みます。
② 法人名義で物件を購入する
金融機関の融資も法人名義で受けます。最初から法人が「買主」として登場するので、二重の取得税は発生しません。
③ 個人の既存資産は原則として移転しない
すでに個人名義で保有している不動産は、よほどの事情がない限り移転しないのが鉄則です。移転コストが節税メリットを上回るケースがほとんどです。
この3ステップを守るだけで、数百万円の差が出ます。逆に言えば、順番を間違えると、その差が「損失」として一気に顕在化します。
「もう個人で買ってしまった」という場合は?
残念ながら、個人購入済みの物件を法人に移す「コストゼロの魔法」は存在しません。
ただ、検討できる選択肢はいくつかあります。まず「あえて移転しない」という選択。個人保有のままでも、法人に新たな物件を購入させ、今後の資産形成は法人側で行う方針に切り替えることができます。移転コストを払うより、新規購入で積み上げていく方が合理的なケースは多いです。
次に、相続・贈与のタイミングを活用して法人スキームを組み込む方法もあります。ただし、これはケースバイケースで、税理士との綿密な設計が必要です。借地権・転貸スキームという手も存在しますが、税務リスクが高く、安易に使うべき手法ではありません。
いずれにせよ「最初から順番通りにやっていれば不要だった手間」です。
法人化は「事前設計」がすべて
不動産投資に限らず、法人化の節税効果は「事前に正しく設計できたか」でほぼ決まります。
「節税になると聞いた」「他の社長もやっている」という理由で動き出すのは危険です。特に不動産は一度動かすと後戻りのコストが大きいので、最初の一手が非常に重要になります。
不動産法人の設立を検討しているなら、物件を探す前に、まず税理士に相談することを強くおすすめします。「今持っている物件をどうするか」ではなく、「これから何をどういう順番で動かすか」を先に決めてから動く。それが数百万円単位の差を生みます。
「法人を作れば節税できる」は半分正解。「正しい順番で動けば節税できる」が、より正確な答えです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。