「自分が死んだとき、どれくらい相続税がかかるのか、正直わかっていない」

そう打ち明けてくれたのは、都内で製造業を営む60代の社長でした。会社は順調、自宅とは別に収益不動産を1億円ほど保有している。一見すると「うまくやっている」ように見えますが、話を聞いて試算してみると、想定外の数字が出てきました。

不動産1億円だけで終わらない、見えない資産を足すと

不動産を1億円持っている社長は、たいていそれだけではありません。

手元の預金、株式や投資信託、会社への貸付金、役員借入金の返済請求権——これらを合算すると、総資産が2億円を超えるケースはごく普通です。

そして2億円の総資産に、法定相続人が配偶者と子ども2人という標準的な家族構成を当てはめると、相続税の概算は4,000万円台に乗ってきます。

「4,000万円なんて、うちには払えない」と言うか「そのくらいは仕方ない」と受け入れるか。どちらにせよ、まず自分の数字を知ることが出発点です。

不動産は「評価額」で課税される、その盲点

相続税は、時価ではなく「相続税評価額」で計算されます。土地は路線価、建物は固定資産税評価額を使うため、一般的に時価の7〜8割程度に圧縮されます。

ただし、個人で保有している場合はここまでです。不動産が1億円なら、評価額は7,000万〜8,000万円前後になる、という話で終わります。

ところが法人保有にすると、もう一段の圧縮が生まれます。

法人で持つと「評価の二段圧縮」が起きる

法人が不動産を保有した場合、相続財産として課税されるのは「不動産そのもの」ではなく「法人の株式」です。

株式の評価には純資産価額方式や類似業種比準価額方式が使われますが、不動産を持つ資産管理会社は一般的にこれが大きく下がります。不動産の含み益に法人税等相当額37%を控除できるルールがあるからです。

結果として、時価1億円の不動産が法人保有になることで、株式評価として計算される相続財産は4,000〜5,000万円台まで下がるケースがあります。

個人保有の7,000万円との差額は2,000〜3,000万円。これが相続税率20〜30%の課税ベースから外れるわけですから、税額にして数百万円から1,000万円単位の差が生まれます。

役員報酬・退職金との組み合わせが本当の節税になる

法人化だけで終わらないのが、ここからです。

資産管理会社を設立して不動産収益を法人に移すと、家族を役員にして報酬を分散させることができます。所得を分散させれば個人の所得税・住民税が下がり、生前から手元資産の蓄積を抑えられます。

さらに、将来的に退職金を支払うことで、法人内に溜まった利益を「退職所得控除」という非常に有利な税率で引き出せます。退職金は勤続年数×70万円まで非課税枠があり、1,000万〜2,000万円規模の退職金を受け取っても税負担が軽い。

これによって法人内の純資産を計画的に圧縮できるため、株式評価額をさらに下げながら、手元に残す財産を調整することが可能になります。

「対策は生前しかできない」は本当の話

相続が発生してから「法人化すればよかった」と言っても遅いのです。法人化には登記費用・司法書士費用・税理士費用がかかり、不動産の移転には不動産取得税や登録免許税も発生します。それでも、相続税の圧縮効果が数千万円規模になるなら、コストを払っても十分に元が取れるケースは珍しくありません。

ただし、一点だけ注意が必要です。法人化のタイミングや方法によっては、移転コストが節税効果を上回ることもあります。不動産の含み益が大きい物件を移すと、移転時に「みなし譲渡課税」が生じる場合があり、思わぬ税負担になることも。手順を間違えると逆効果になるため、必ず専門家と一緒にシミュレーションを行ってください。

まず自分の「総資産マップ」を作ってみてください

今この瞬間、自分の総資産がいくらで、相続税がいくらになるか、すぐに答えられますか?

不動産、預金、株式、保険の解約返戻金、会社への貸付金——すべてを一枚の紙に書き出すだけでいい。それだけで「危機感を持てる数字」が見えてきます。

60代に差し掛かったら、少なくとも5年に一度は相続税の試算を税理士に依頼する習慣をつけることをおすすめします。法人化を検討するにしても、準備には2〜3年かかることがほとんどです。

「まだ元気だから大丈夫」と思っているうちが、実は一番動きやすい時期です。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。