先日、建設業を営む55歳の社長からこんな連絡が来ました。

「相続税の試算をしてみたら、2億5千万円って出たんだけど……これ、どうやって払うの?」

会社の業績は好調で、毎年しっかり利益を出してきた。それが今、そのままのしかかっています。実はこのパターン、決して珍しくありません。むしろ、真面目に経営してきた社長ほど直面しやすい問題です。

ただ、早めに動けば打ち手はあります。そのひとつが、役員報酬の戦略的な設計です。うまくやれば、相続税を8割削減できたケースも実際にあります。

社長の相続税を決めているのは「自社株の評価額」

一般的な会社員と違い、中小企業のオーナー社長が持っている財産の中で最も大きいのは、自社の株式です。預金や不動産より、自社株が相続財産の大半を占めるケースは非常に多い。

そして非上場株式の評価、特に中小企業でよく使われる「純資産価額方式」という計算方法では、会社の純資産——つまり資産から負債を引いた残り、わかりやすくいえば内部留保の大きさ——がそのまま株式の評価額に直結します。

毎年1億円の利益を出して、それをそのまま会社に積み上げてきたとしましょう。10年で10億円の純資産になる。株価も10年前と比べて何倍にも膨らんでいる。それが相続税の計算のベースになるわけです。

真面目に経営してきたから、相続税が重くなる。この構造に気づいていない社長が、まだ多くいます。

役員報酬を増やすと、なぜ株式評価が下がるのか

役員報酬は、会社の費用として計上されます。当然、報酬が増えれば利益が減る。利益が減れば内部留保の積み上がりが鈍くなり、純資産の増え方も抑えられる。結果として、自社株の評価額を下げることができます。

少し具体的に見てみましょう。年間5,000万円の利益が出ている会社で、役員報酬を年3,000万円引き上げたとします。会社の課税利益は2,000万円に圧縮される。これを10年続けると、純資産の差は単純計算で3億円になります。

この3億円の差が、相続税の計算にそのまま影響してくるわけです。純資産が3億円少なければ、株式評価も数億円単位で変わってくる。そこにかかる相続税率が40〜55%の世界ですから、節税効果は億単位になるケースもあります。

「会社の節税」と「相続税対策」が同時に実現できる、数少ない手法のひとつです。

動けるタイミングは年に1回だけ

ここで絶対に知っておいてほしいことがあります。役員報酬の変更タイミングには、税務上の制約があります。

役員報酬は「定期同額給与」として毎月一定額を支払うのが原則。そして変更できるのは、事業年度が始まってから3ヶ月以内に限られています。

3月決算の会社なら、4〜6月の間に株主総会などで決議する必要があります。この期間を過ぎると、原則として1年間は変更できません。「来月から増やしたい」と思っても、それは認められない。

つまり、年に一度しかない窓口を逃すと、また1年待つことになります。決算が近いなら、今すぐ動かないといけません。

また、役員報酬を増やすと個人の所得税・住民税・社会保険料の負担も増えます。「会社の内部留保は減るが、手取りも減る」というトレードオフがあるため、どのバランスで設計するかは会社の財務状況と社長の生活設計によって変わります。単純に「全部報酬に変える」のが正解ではなく、最適点を見つける作業が必要です。

「貯めておけば安心」が一番危ない

多くの社長が「節税より会社にお金を残したい」という感覚を持っています。それは経営者として自然な判断です。ただ、相続の視点からすると、内部留保をそのまま積み上げ続けるのは、相続税という形で将来の負担を増やし続けることでもあります。

事業承継を考えているなら、早めに手を打つほど効果が大きくなります。株式評価をじわじわ下げていくには時間がかかるからです。10年かけて純資産を圧縮するのと、5年でやるのとでは、到達できる評価額の下げ幅がまったく違います。

「今期の決算が終わったら考えよう」と先送りするたびに、内部留保は積み上がり、自社株の評価はじわじわ上がっていきます。

役員報酬の見直しは、今期から着手できる実効性の高い相続税対策です。まだ一度も試算したことがないなら、まず自社株の評価額を確認するところから始めてみてください。数字を見れば、自然と次の一手が見えてきます。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。