先日、愛知県で金属加工業を営む社長からこんな相談を受けました。

「創業25年、おかげさまで会社は順調です。ただ、最近顧問税理士から『このまま利益が積み上がると、相続のときに自社株だけで数億円の税金がかかりますよ』と言われて、夜も眠れなくて…」

利益が出て会社が大きくなるほど、相続税が重くなる。これは多くの中小企業オーナーが直面する、「経営の成功が招くジレンマ」です。そして実は、この問題を解決するカギのひとつが、意外なことに役員報酬の設定にあります。

利益が溜まるほど、自社株の評価が跳ね上がる

非上場の中小企業の株式評価には、「純資産価額方式」と呼ばれる計算方法が使われることが多くあります。簡単に言うと、会社の資産から負債を引いた純資産額をもとに株式の価値を算出する方法です。

ここに落とし穴があります。会社が毎年黒字を出して利益が積み上がると、その分だけ純資産が増え、自社株の評価額も上がっていきます。先ほどの愛知の社長の場合、10年前は2億円だった自社株評価が、今では7億円を超えていました。

相続税の最高税率は55%です。7億円の自社株を引き継ぐだけで、数億円規模の相続税が発生する計算になります。現金ならまだ払えますが、株式は「会社ごと」手放さない限り現金化できません。これが経営者相続の本質的な怖さです。

「逆転の発想」——役員報酬を上げると評価額が下がる

ここで冒頭の逆転の発想が登場します。

役員報酬は、法人の損金(経費)として処理されます。つまり報酬を増やすほど、法人の課税所得が減り、手元に残る利益(内部留保)も圧縮されます。内部留保が減れば純資産が下がり、自社株の評価額も下がる。評価額が下がれば、相続税の課税価格も小さくなる——これが役員報酬を活用した相続税対策の基本的なロジックです。

たとえば純資産が5億円の会社があるとします。役員報酬を年間3,000万円引き上げると、5年後には単純計算で純資産が1億5,000万円圧縮され、3億5,000万円規模まで下げられる可能性があります。株式評価がそれだけ下がれば、相続税の試算額も大幅に変わってきます。実際に専門家のサポートのもとで最適化した結果、相続税の試算額を50%以上圧縮できたケースも少なくありません。

「上げれば上げるほどいい」わけではない

ただし、役員報酬を無制限に引き上げればいいかというと、そう単純な話でもありません。

役員報酬を増やすと、個人の所得税・住民税の負担が増えます。さらに社会保険料(健康保険・厚生年金)の負担も増えるため、一定以上の水準では「出ていくお金の合計」が相続税の節税効果を上回ってしまうことがあります。

目安として、年収が2,000万円を超えるあたりから所得税の実効税率が急激に上昇し、手取りに対するコストパフォーマンスが下がり始めます。大切なのは「役員報酬」「法人税」「所得税」「相続税」の4つを同時に最適化する視点です。どれかひとつを最小化しようとすると、別のところが膨らむ——全体を俯瞰した設計が求められます。

見直しのタイミングは年に一度しかない

役員報酬は、原則として事業年度開始後3ヶ月以内に決定しなければなりません(定期同額給与のルール)。この時期を過ぎて期中に変更すると、変更後の差額分が損金として認められなくなるリスクがあります。

つまり、見直しのチャンスは決算終了直後の年に一度だけです。「来期こそ検討しよう」と先送りしていると、あっという間に数年が過ぎてしまいます。

今の役員報酬が「手取りをいくら確保したいか」という視点だけで決まっているなら、次回の改定タイミングに、相続対策の観点を加えて検討してみてください。場合によっては、配偶者や後継者への役員報酬の分散、退職給付引当金の積み立て、生命保険を活用した内部留保の圧縮と組み合わせることで、より効果的な対策が取れることもあります。


「うちはまだ先の話」と思っている社長ほど、10年後に後悔するケースを私は何度も見てきました。利益が出て会社が成長しているうちこそ、相続対策を始めるベストタイミングです。

まずは「今の自社の純資産がいくらか」を確認することから始めてみてください。その数字が、行動を起こす最初の動機になるはずです。役員報酬の見直しを一度も相続の視点で検討したことがなければ、今期の決算が終わったタイミングで、ぜひ専門家に相談してみることをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。