先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。「先生、20年間ずっと役員報酬を月100万円取ってきたんです。老後の備えのつもりで貯めてきたんですが、相続のシミュレーションをしたら……正直、青ざめてしまって」

その社長の個人資産は、預金と有価証券を合わせて2億円を超えていました。ほぼすべてが役員報酬として受け取った給与の積み上げです。これを全部相続すると、相続税だけで7,000万円近くかかる試算になる。「こんなに持っていかれるとは思っていなかった」と、しばらく黙り込んでいました。

役員報酬が増えるほど、個人資産が膨らむ

当たり前のことを言うようですが、役員報酬は「個人の収入」です。所得税・住民税・社会保険料を引いた手取りが毎月銀行口座に入り、使い切らなければそのまま積み上がっていきます。

月100万円の役員報酬を30年続けたとしましょう。税引き後の手取りは概ね月65〜70万円前後。生活費を月40万円とすれば、毎月25〜30万円が純粋に貯まります。30年で積み上がる個人資産は2億円を超えることも珍しくありません。

この2億円超に対して、相続税の実効税率は40〜50%に達するケースがあります。つまり、1億円近い資産が相続税として消えていく計算になるのです。

法人に残した資産は「株式評価」で圧縮できる

同じ社長が、役員報酬を月50万円に抑えて残りを法人に留保していたら、どうなるでしょうか。

法人に溜まった資産は「自社株」として相続税の評価を受けます。そしてこの自社株の評価額は、さまざまな方法で圧縮することができます。設備投資をする、含み益のある不動産を保有する、生命保険を活用する——適切に設計すれば、評価額を何割も引き下げることが可能です。

個人の預金口座にある1,000万円は、どう頑張っても1,000万円としか評価されません。でも法人資産は設計次第で評価を下げられる。この差が積み重なって、30年スパンでは1億円を超える差になることがあるのです。

月100万 vs 月50万、30年後の相続税はどう違うか

少し具体的に比べてみましょう。

月100万円のケースでは、30年後に個人資産が2〜3億円規模になります。相続税の基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人数)を差し引いても、課税遺産総額は大きく、税率40〜50%が適用されます。

一方、月50万円に抑えて法人に資産を残すケースでは、個人資産は1億円以下に抑えられます。法人側は株式評価の圧縮技術を駆使することで、実態より低い評価額で次世代に承継できます。

この差が1億円を超えるというのは、決して極端なシナリオではありません。「給料をたくさん取る=豊かな老後」という等式が、相続を視野に入れると成り立たないケースは多いのです。

「いざとなれば出せばいい」が危ない理由

「法人に残しておいて、必要なときに役員報酬として引き出せばいいんじゃないか」という声もよく聞きます。確かにその通りなのですが、「タイミング」が問題です。

亡くなる直前に一気に役員報酬を引き上げて個人資産に移す行為は、税務署から不自然とみなされるリスクがあります。また、引き出した瞬間に所得税がかかります。「退職直前に役員報酬を増やして節税」という荒技は、今や通用しない時代です。

相続設計は、最低でも10〜15年のスパンで取り組む必要があります。「もうすぐ引退するから今から考えよう」では、多くのケースで手遅れになる。今設定している役員報酬の金額が、10年後の相続税を決める——そう思って今から動くべきです。

まず自分の個人資産と役員報酬のバランスを確認する

一度、自分の個人資産の合計額を出してみてください。預金・有価証券・不動産(時価)を足して、1億円を超えているなら、相続税のシミュレーションを専門家に依頼する価値があります。

役員報酬は「今の生活費」と「将来の相続設計」のバランスで決めるものです。生活水準を維持しながら、少しずつ法人に資産を残す比率を高めていく長期設計が、最終的に家族への最大の贈り物になります。

まだ相続を意識した役員報酬の設計をしたことがないなら、ぜひ今期中に税理士と一度シミュレーションしてみてください。数字を見るだけで、考え方が変わるはずです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。