先日、都内で賃貸マンションを数棟保有するオーナー社長から、こんな相談を受けました。
「そろそろ一棟売ろうと思っているんですが、税理士から『売却益に3000万円以上かかりますよ』と言われて……正直、売る気が失せてしまって」
気持ちはよくわかります。長年育てた資産を手放すのに、利益の3割近くを税金で持っていかれるとなれば、誰だって躊躇します。でも実は、タイミングと設計次第で、この税負担を大幅に圧縮できる方法があります。今日はその「出口戦略」をお伝えします。
法人で不動産を売ると、なぜ税負担が重いのか
個人で不動産を売った場合、分離課税として所得税・住民税が課されます。長期保有なら約20%です。一方、法人の場合は売却益が「普通の利益」として扱われるため、他の所得と合算されて法人税がかかります。実効税率は約30%。
仮に1億円の売却益が出たとすれば、約3000万円が税金として消えていきます。これは痛い。しかも、減価償却が進んだ物件ほど帳簿上の利益が膨らみやすく、「思ったより利益が大きくなっていた」というケースも珍しくありません。
「退職金との相殺」という発想
ここで使えるのが、売却益と役員退職金を同じ事業年度に計上するという戦略です。
役員退職金は、法人にとって損金(経費)として計上できます。つまり、売却で利益が出た年に、社長が退職して高額の退職金を受け取れば、売却益と退職金が損益通算され、課税所得を大幅に圧縮できるわけです。
具体的なイメージで言うと、売却益が5000万円あったとして、同じ期に適正額の退職金5000万円を支給すれば、法人の課税所得はほぼゼロになります。法人税もほぼゼロ。これが「相殺」の仕組みです。
受け取る社長側の税負担は?
「でも退職金を受け取る社長側に税金がかかるんじゃないの?」という疑問はもっともです。ただここが退職金の大きなメリットで、退職所得には非常に手厚い税制上の優遇があります。
退職所得の計算式は「(退職金-退職所得控除)÷ 2」。まず退職所得控除として、勤続年数×70万円(20年超の部分)が差し引かれます。さらにその残額を半分にしてから税率をかけるので、同じ5000万円でも給与として受け取るより圧倒的に手取りが増えます。
法人側の税負担と、個人側の手取りをトータルで設計することで、グループ全体のキャッシュフローを最大化できるのが、この戦略の本質です。
成功させるための3つのポイント
この戦略、やみくもに実行すると税務署に否認されるリスクがあります。押さえておくべきポイントは3つです。
まず退職金の「適正額」を守ること。役員退職金には「最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率」という計算式が実務上の目安とされています。根拠なく高額な退職金を出すと、損金として認められない部分が出てくる可能性があります。
次に**「同じ事業年度」に計上すること**。売却と退職金の計上がズレると相殺できません。売却の決済タイミングと退職の時期を同じ期に収めるよう、スケジュールを逆算して設計する必要があります。
そして**「退職の実態」を作ること**。名目だけの退職では認められません。代表取締役を退任して会長や顧問になるといった、実態を伴う役職変更が必要です。その後の関与度合いや報酬設計も含めて整合性を取ることが大切です。
「売り時」と「退職時期」を一致させる設計が命
この戦略で最も難しいのは、不動産市況と社長の引退タイミングを合わせることです。「売り時だけど、まだ引退したくない」「引退したいけど、今は売り時じゃない」というジレンマが生まれやすい。
そこで実務では、完全引退ではなく「代表退任+会長就任」という形で退職金を確定させ、不動産売却もそのタイミングに合わせるケースが多くあります。経営の第一線からは退きつつ、会社には残る。そういう柔軟な設計が可能です。
また、退職金の財源を事前に準備しておくことも重要です。売却代金が入ってから退職金を払う、という流れにしておけばキャッシュフロー面でも安心です。
今から動いておくべき理由
こうした戦略は、思い立ったその日に実行できるものではありません。退職金の適正額を積み上げるためには、それなりの役員報酬の実績と勤続年数が必要ですし、不動産の売却タイミングも市況を見ながら判断する必要があります。
「売りたいときに、引退のタイミングも合わせて、退職金も適正に設計できる状態」を作っておくことが、長期的な節税の肝です。
もし現在、法人で不動産を保有していて、5年以内に売却や事業承継を考えているなら、今すぐ顧問税理士と出口戦略の全体設計を始めることをおすすめします。動き始めるのが早ければ早いほど、選択肢が広がります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。