先日、製造業を営む社長・田中さん(60代、仮名)からこんな相談を受けました。

「顧問税理士から相続税の試算が出てきたんですが、1億2000万円と言われて…。子どもに会社を継がせたいのに、これだけの税金を払ったら経営が回らなくなってしまう」

田中さんの資産は土地と自社ビルを合わせて約3億円。30年かけて積み上げてきた事業の結晶です。しかしそのまま相続が発生すると、子どもが受け取る頃には莫大な現金負担が待っていました。

ここで多くの経営者が見落としているのは、「相続税は資産をそのまま評価して計算される」という思い込みです。実際には、知っているかどうかで数千万円単位の差が出る制度がいくつか存在します。

土地の評価額を8割下げる特例がある

まず田中さんのケースで真っ先に活用したのが、特定事業用宅地等の小規模宅地等の特例です。

被相続人が事業で使っていた土地を、親族が引き継いで事業を継続する場合に、400㎡までの土地の評価額を80%減額できるという制度です。

田中さんの自社ビルが建つ土地はこの条件を満たしていました。仮に土地の相続税評価額が1億5000万円だったとすると、80%減額後は3000万円。差額1億2000万円が課税対象から外れる計算になります。

適用の要件は「相続後も後継者が事業を継続すること」です。子どもへの事業承継を検討している経営者なら、最優先で確認すべき特例と言えます。

現金を不動産に変えると評価が下がる仕組み

次に取り組んだのが、余剰現金の活用です。

現金は1億円あれば、相続税評価額もそのまま1億円です。しかしこれを収益不動産の購入に充てると、評価の仕組みが変わります。

相続税における不動産の評価は、時価ではなく土地は路線価、建物は固定資産税評価額を基準に算出します。路線価は一般的に時価の7〜8割、固定資産税評価額は建築コストの5〜7割程度とされています。

つまり、1億円の現金で市場価格1億円のマンションを購入すると、相続税評価額は6000〜7000万円程度まで下がる可能性があります。何もしなければ1億円として課税されていた財産が、合法的な手続きの中で圧縮されるわけです。

田中さんはこの仕組みを活用して余剰現金の一部を収益不動産に組み替え、評価額を大きく引き下げることができました。

2つの対策を組み合わせた結果

特定事業用宅地等の特例と収益不動産への組み替えを組み合わせた結果、田中さんの相続税評価額は約1億円圧縮されました。試算上1億2000万円とされていた相続税の負担が、数千万円単位で軽減される見通しになったのです。

数字以上に大きかったのは、田中さんが「会社を安心して子どもに渡せる」と確信できたことです。事業承継と相続対策は、切り離して考えられない問題です。

早く動くほど選択肢は広がる

相続対策で最も大切なのは「タイミング」です。

特定事業用宅地等の特例は、相続発生時に後継者が事業を実際に引き継いでいることが要件のひとつです。直前に慌てて手を打っても要件を満たせないケースがあります。

収益不動産の活用も同様で、購入直後より一定の保有期間を経た資産のほうが評価の安定性が増します。「相続が近づいてから考えよう」では遅すぎることがあるのです。

また、これらの特例には細かい適用要件があり、状況によって使えるかどうかが大きく変わります。「うちも使えるはずだ」と決め込まず、必ず税理士に個別の確認を取ってください。

60代の経営者であれば、今すぐ動いても決して早すぎません。むしろ70代に入ってから動こうとすると、選択肢が限られてしまうことも少なくありません。

まだ相続税の試算を「将来の話」として後回しにしているなら、今期中に一度、自分の資産をどう評価されるかを税理士と確認しておくことをお勧めします。現状を数字で把握するだけで、打てる手が見えてきます。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。