先日、収益不動産を複数棟、法人名義で保有している社長からこんな相談を受けました。「毎年の法人税はしっかり抑えられているんですけど、相続のことを考えると、このままでいいのか不安で……」その一言を聞いた瞬間、少し背筋が寒くなりました。

実は、法人名義の不動産には、相続税の強力な節税特例が「そもそも使えない」という落とし穴があります。今日はそこを丁寧にお伝えします。

「評価額8割引き」の特例、知っていますか

相続税の話で必ず登場するのが、小規模宅地等の特例です。一言でいうと「一定の要件を満たした土地の評価額を、相続時に最大80%減らせる」制度です。

自宅として使っていた土地(特定居住用宅地)なら330㎡まで、事業用の土地(特定事業用宅地)なら400㎡まで対象になります。

時価評価が1億円の土地があるとして、この特例を使えれば評価額は2,000万円まで圧縮できます。差額8,000万円分の相続税がかからなくなるわけですから、節税効果は桁が違います。

落とし穴は「誰が保有しているか」にある

問題は、この特例が使えるのが個人が相続した土地に限られるという点です。

法人名義の不動産を相続する場合、受け取るのは「土地や建物そのもの」ではなく「その法人の株式」です。株式の評価には、小規模宅地特例は適用されません。

不動産を法人に移した瞬間に、「8割引き」の特例の対象外になる。これが最大の落とし穴です。

法人化のメリットと相続のデメリット

「でも、法人化したほうが節税になると聞いた」という方は多いと思います。確かに、個人の所得税(最高55%)と法人税(中小企業なら約23〜34%)の税率差を活かした所得分散は有効な手法です。役員報酬として所得を分配し、家族に給与を払う形で課税を抑えることもできます。

毎年のキャッシュフローという意味では、法人保有が有利なケースは少なくありません。

ただし、問題は「相続のタイミング」です。時価5億円の収益物件を個人で保有していれば、要件を満たして評価額を1億円に圧縮できたのに、法人保有だと株式の純資産価値をベースに5億円近い評価が残り、そのまま相続税の計算対象になる——こういったシナリオは、実際にあります。毎年の節税が積み上がる一方で、相続時に一気に吹き飛ぶケースです。

「どちらが得か」は一概に言えない

個人保有と法人保有のどちらが有利かは、以下の要素によって大きく変わります。

  • 毎年の税負担の差:所得税・住民税 vs 法人税、役員報酬の設計
  • 物件の収益力と規模:利益が大きいほど法人化のメリットが出やすい
  • 相続までの時間軸:期間が長ければ毎年の節税が積み重なる
  • 家族構成・後継者:法人株式を誰が・どう承継するか

「とりあえず法人に移せば節税になる」という判断は危険です。相続税の試算まで含めて、トータルで比較しないと正しい答えは出ません。

変更コストも忘れずに

もうひとつ見落とされがちなのが、保有形態を変えるときのコストです。個人→法人、または法人→個人への名義変更には不動産取得税や登録免許税がかかります。法人への売却であれば、個人側に譲渡所得税も生じます。

保有形態の変更は、一度決めたら容易に引き返せません。だからこそ、購入前・法人化前に、相続税面の試算をセットで行うことが非常に重要です。

すでに法人名義で複数棟を持っているという方も、今からでも遅くはありません。出口戦略(法人をどう清算するか、株式をどう承継するか)を整理しておくだけで、将来の選択肢は大きく広がります。


法人保有の節税メリットだけを見て判断するのは、相続という「出口」を見落としたまま走り続けるようなものです。毎年の節税効果と相続時の評価額、この両軸でシミュレーションできる税理士に、一度相談することを強くおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。