先日、資産家の父を持つ60代の社長からこんな相談を受けました。
「父が亡くなる半年前に、節税目的でタワマンを2億円で購入したんですが、税理士から『これは厳しいかもしれない』と言われまして……」
表情が曇っているのが画面越しでもわかりました。相続対策として不動産購入は定番中の定番ですが、タイミングと目的によっては、節税どころか大きなリスクになることをご存知でしょうか。
今回は、相続直前の不動産購入が税務署に否認される代表的な3つのポイントを、実務的な視点でお伝えします。
3年以内の購入は「圧縮効果」がそもそも使えない
不動産による相続税の節税が成り立つ理由は、相続税評価額が時価より低くなるからです。一般的に路線価や固定資産税評価額を使うと、時価の7割前後に圧縮されることが多い。これが節税の基本的な仕組みです。
ところが、2024年1月の税制改正によって、相続発生前3年以内に取得した不動産は、この圧縮効果が適用されないことになっています。具体的には、取得価格(実勢価格に近い金額)で評価されるため、「2億円で買ったら2億円で課税」という状況になりかねません。
急いで購入しても、ルール上まったく意味がないどころか、購入にかかった諸費用分だけ損をするケースもある。「相続が近づいてきたから急いで不動産を買おう」という発想は、今の税制下では通用しないのです。
借入金を使っても「債務控除」が否認されることがある
「それなら借入金を使えば、負債が増えてさらに節税できるのでは?」という声もよく聞きます。確かに、相続財産から借入金を差し引ける「債務控除」は節税に有効な手段のひとつです。
ただし、これにも落とし穴があります。
税務署が「この購入は相続税の節税だけを目的としたものだ」と認定した場合、債務控除そのものを否認された事例が実際に出ています。1億円の借入金があるから1億円分の財産を減らせると思っていたのに、その控除が丸ごと使えなくなる。想定外の相続税が発生し、納税資金が足りなくなったというケースも珍しくありません。
「借入金があれば安心」という思い込みは、非常に危険です。
2022年の最高裁判決が変えた「節税目的」の常識
そして、最も重要なポイントがこれです。
2022年4月、最高裁判所は「相続税の節税のみを目的とした不動産購入に対して、時価で課税することを認める」という判断を下しました。この判決は不動産節税の世界に大きな衝撃を与えました。
これまでは「路線価で評価するのがルールなのだから合法だ」という論理が通用していたのですが、最高裁は「著しく不適当な場合は時価課税できる」という規定(財産評価基本通達6項)の適用を認めたのです。
問題は「節税目的かどうか」の判断基準です。実務的には、以下のような要素が重く見られます。
- 購入から相続発生までの保有期間が極端に短い
- 賃貸経営など事業としての実態がほとんどない
- 購入の意思決定が相続直前に集中している
- 複数の物件を短期間に集中購入している
一方で、「10年以上保有していた」「賃貸収益をしっかり管理していた」「不動産投資としての事業計画があった」といった事実があれば、節税目的だけとは認定されにくくなります。購入の経緯と事業目的を記録しておくことが、いざというときの大きな防御になります。
「相続対策の不動産」は、長期視点で考える
誤解してほしくないのは、「不動産による相続対策はすべてダメ」ということではありません。きちんと事業目的があり、保有期間も十分にある場合には、不動産は今でも有効な相続税の軽減手段です。
ただ、「そろそろ相続が近いから急いで買おう」という発想で動くのは、今の税制・判例環境では非常にリスクが高い。少なくとも5〜10年以上の余裕を持った計画のもとで、専門の税理士と相談しながら進めることが前提になります。
すでに相続直前に不動産を購入してしまっている場合は、賃貸経営の実態をきちんと整え、保有目的の記録を残すことが今できる対策です。税務調査に備えて、購入時の意思決定プロセスを書面で残しておくだけでも、大きな違いになります。
相続対策は「急ぐほど危ない」というのが、今の時代の鉄則です。まだ具体的な対策を始めていない方は、ぜひ早めに信頼できる税理士に相談してみてください。動ける時間があるうちに動くのが、いちばんの節税です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。