先日、ある製造業の社長から連絡が入りました。「先生、今月から役員報酬を増やしたいんですが、もう間に合いませんよね?」——そのとき私は少し間を置きました。その会社の決算月は3月で、電話をもらったのは7月のことでした。

残念ながら、そのタイミングはすでに手遅れでした。

役員報酬を変えられるのは、年に一度だけ

役員報酬には「定期同額給与ルール」という制約があります。これは、役員報酬を損金として認めてもらうための条件で、「毎月同じ金額を支払い続ける」ことが前提になっています。

そして、変更できるタイミングは原則として事業年度の開始から3ヶ月以内に限られます。

3月決算の会社であれば、4月・5月・6月の間に変更を決議しなければなりません。7月になった時点で、基本的にはもう1年間変更できないことになります。これは法律で定められたルールであり、「知らなかった」では通らないのが現実です。

期限を過ぎて増額するとどうなるか

「じゃあ、もう変えちゃえばいいじゃないか」と思う方もいるかもしれません。でも、ここが大きな落とし穴です。

3ヶ月の期限を過ぎたあとに役員報酬を増額した場合、**増額した部分が全額「損金不算入」**になります。つまり、法人税の計算上、その増額分は経費として認められないということです。

具体的な数字で考えてみましょう。月5万円(年60万円)の増額をしたとします。この60万円が損金不算入になると、法人税の実効税率を約33%として計算すると、余分に約20万円の法人税がかかることになります。

さらに、増額した役員報酬は社長個人の所得にもなりますから、所得税・住民税もかかります。会社でも個人でも損をする、という二重の痛手になりかねないのです。

なぜ多くの社長が気づかないのか

このルール、実はご存じない社長が非常に多いのです。その理由のひとつは、「変更できない」とはっきり書いてある書類が、どこにも存在しないからだと思います。

税理士から特別な説明がなければ、「報酬って、いつでも変えられるんじゃないの?」と感じるのは自然なことです。実際、従業員の給与には変更時期の厳密な制限はありませんし、取締役でも株主総会の決議があれば変えられると思っている方も多い。

役員報酬だけが税務上の特別なルールに縛られている——この事実を頭に入れておくだけで、大きなミスを防ぐことができます。

例外もあるが、ハードルは高い

「業績が急に悪化したんですが、それでも変えられませんか?」という質問もよく受けます。

税法上、臨時改定事由(役員の地位変更など)や業績悪化改定事由に該当する場合は、期間外の変更が認められることがあります。ただし、この「業績悪化」の基準はかなり厳しく設定されています。

「売上が少し下がった」「利益が減った」程度では認められないのが現実です。銀行や取引先との関係で報酬を下げざるを得ない、という財務的な切迫度が求められます。「これは例外に当たるかも」と思ったら、自己判断せず必ず税理士に確認してください。誤った判断で変更してしまうと、後で全額損金不算入という結果になりかねません。

今すぐ確認してほしいこと

あなたの会社の決算月はいつで、今は事業年度開始から何ヶ月目ですか?

  • 1〜3ヶ月目: まだ変更のチャンスがあります。今すぐ顧問税理士へ連絡を
  • 4ヶ月目以降: 今期の変更は諦め、来期に向けた計画を今から立てましょう

役員報酬の金額は、法人税・所得税・社会保険料のすべてに影響する重要な変数です。「来月から少し増やそう」と気軽に考えていると、思わぬ税負担につながることがあります。

期限は静かに、確実に迫っています。今月末が近い方は特に急いで動いてください。そして来期以降のために、「決算後3ヶ月以内に役員報酬を見直す」というリマインダーを今すぐカレンダーに入れておくことをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。