先日、都内でマンションを3棟持つ社長からこんな相談を受けました。「税理士に相続税の試算をしてもらったら、子どもへの引き継ぎに3億近くかかると言われて頭が真っ白になった」と。物件の評価総額は6億円ほど。一見すごい資産家に見えますが、相続税を払うために物件の一部を売却しなければならない状況でした。

「不動産を持っているから安心」と思っていたのに、その不動産が相続のたびに目減りしていく——これが日本の相続税の現実です。

個人で不動産を持ち続けると、何が起きるか

日本の相続税は累進課税で、課税遺産が6億円を超えると税率は最高55%に達します。不動産は現金と違って「半分だけ相続する」ということができません。相続税を納める現金が手元になければ、「物件を売って税金を払う」しかなくなります。

時価1億円の賃貸マンションが1棟あるとします。相続税の評価額は路線価ベースで市場価格の7〜8割程度になりますが、それでも7,000〜8,000万円の評価資産として計上されます。複数棟を持つ社長なら、合計評価額が数億円になることも珍しくありません。

代々受け継いできた不動産が、相続のたびに削られていく。そうならないための対策が「法人化」です。

法人を使うと「評価の仕組み」が変わる

不動産を個人で持つのではなく、オーナーが株主となる資産管理会社(法人)に移転します。すると相続の対象が「不動産そのもの」ではなく「法人の株式」に変わります。

この株式の評価額は、法人の純資産をもとに計算されます。純資産が小さければ株式評価も下がり、相続税の課税対象額を圧縮できるわけです。「不動産の相続税評価」と「株式の相続税評価」では計算の仕組みがまったく異なります。ここが法人化の肝です。

純資産を減らすための2つの打ち手

法人の純資産をどう減らすのか。主な手段が2つあります。

役員報酬の最適化

法人から社長本人や配偶者・子どもなどの家族役員に報酬を支払うと、その分が法人の経費となり、純資産の蓄積ペースが落ちます。受け取る側の個人所得税・住民税とのバランスを見ながら最適な報酬水準を設定するのが鉄則です。

退職金の計画的な積立

役員退職金は、功績倍率などに基づく適正額であれば、支払い時に全額損金算入できます。退職金を支払った年に法人の純資産が大幅に減少するため、株式評価をぐっと引き下げる効果があります。

この2つを10〜20年かけて組み合わせることで、相続税の負担を数千万円単位で圧縮できるケースがあります。

早期実行がなぜこれほど重要か

この対策の弱点は、効果が出るまでに時間がかかることです。

退職金を積み立てるには当然それだけの年数が必要ですし、役員報酬で純資産を圧縮するにも数年単位の蓄積が必要です。さらに、亡くなる直前に慌てて法人化しても「租税回避を目的とした行為」と税務署にみなされるリスクが高まります。

50代のうちに法人を設立して対策を始めれば、20年以上の蓄積効果が得られます。70代になってから始めた場合と比べると、同じ仕組みを使っても手元に残る資産が数千万円単位で変わってきます。時間は、この対策においてもっとも重要なリソースです。

見落としてはいけない注意点

法人化にはコストと手間がかかります。毎年の決算申告費用、役員社会保険の負担、法人住民税の均等割——これらが固定費として毎年発生します。小規模な物件1棟のためだけに法人を作っても、コストが見合わないケースもあります。

また、不動産を法人に移転する際は市場価格での売買が原則です。法人側に買取資金がなければ、オーナーからの貸付や金融機関の融資が必要になります。この資金調達も含めて設計に組み込む必要があります。

さらに近年、税務当局は「行き過ぎた相続税対策」に目を光らせており、評価を不当に圧縮したと判断されれば追徴課税のリスクがあります。株式評価の計算は「類似業種比準価額方式」と「純資産価額方式」の選択など非常に複雑で、専門家なしで動くのは相当リスクが高い分野です。

まずは「試算」から動き出す

不動産を複数持ちながら、まだ相続税のシミュレーションをしたことがないなら、まず現状の数字を把握することが最優先です。「うちはまだ大丈夫だろう」という感覚が、後から青ざめる原因になります。

対策には時間がかかります。動き出すのが早ければ早いほど、選べる手段が増え、子どもや孫に残せる財産も増えます。まだ相続税の試算をしていないなら、今期中に一度、専門の税理士に依頼してみることをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。